大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(ネ)79号 判決 1968年2月12日

控訴人(原告)

木下富美子

ほか一名

被控訴人(被告)

奥津町

ほか三名

主文

原判決のうち第一審原告木下富美子関係部分を次のとおり変更する。

第一審被告らは、各自第一審原告木下富美子に対し七二万二〇〇〇円および内金一二万二〇〇〇円に対する昭和三三年三月一一日から、内金六〇万円に対する昭和四一年一二月一〇日から各支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

第一審原告木下富美子のその余の請求を棄却する。

第一審原告渡辺竜介の控訴および第一審被告らの第一審原告渡辺竜介に対する各控訴を棄却する。

訴訟費用のうち、第一審原告木下富美子と第一審被告らとの間に生じた分は第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告木下富美子の負担とし、その一を第一審被告らの連帯負担とし、第一審原告渡辺竜介と第一審被告らとの間に生じた控訴費用は各自の負担とする。

右第二項は仮に執行することができる。

事実

一  第一審原告ら訴訟代理人は、原判決のうち第一審原告らの敗訴部分を次のとおり変更する。第一審被告らは各自第一審原告らそれぞれに対し五一万五〇四四円およびこれに対する昭和三二年一一月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、第一審被告らの控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とするとの判決および仮執行の宣言を求め、さらに付帯控訴として、原判決のうち第一審原告木下富美子の敗訴部分を次のとおり変更する、第一審被告らは各自第一審原告木下富美子に対し一〇〇万円およびこれに対する付帯控訴申立書送達の日の翌日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とするとの判決を求め、第一審被告ら訴訟代理人は、原判決のうち第一審被告らの敗訴部分を取り消す、第一審原告らの請求をいずれも棄却する、第一審原告らの控訴を棄却する、第一審原告木下富美子の付帯控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とするとの判決を求めた。

二  当事者双方の事実上・法律上の陳述および証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(ただし原判決五枚目裏二行目に「満一三才」とあるのを「一四才二カ月」と、同三行目に「満一三才」とあるのを「一四才」とそれぞれ改める)のとおりであるからこれを引用する。

(一)  第一審原告(以下たんに原告という)ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。

(渡辺珠美のうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続)

(イ) 渡辺珠美は、死亡当時一四才二カ月で健康であつた。厚生省発表の第九回生命表によれば同女はなお五四年間余の余命があり一五才から四五年間は少くとも一般労働省として稼働可能であると推定される。

労働省労働統計調査部編纂の昭和三三年賃金構造基本調査結果報告書特別集計(昭和三三年四月集施の賃金構造基本調査による)の全産業労働者の女子平均賃金の算定によるとその年令毎の平均は別表該当欄記載のとおりである。

総理府統計局編集の第九回日本統計年鑑によれば、昭和三三年の広島(当時岡山については統計がなかつた)における一カ月間の平均消費支出額は、世帯人員四・二七人で二万五〇三六円であるから、これによつて計算すると一人あたりの生活費は年平均七万〇三五六円となる。

したがつて、四五年間にうべかりし各年の純収入は、別表該当欄記戦のとおりとなるから、この現在価額をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して計算すると、一〇三万〇〇八八円となり渡辺珠美は右と同額のうべかりし利益を喪失したわけである。なお一八才未満は親の扶助を受けなければならない段階であるから収入を超える生活費は親において負担するとみるのが相当であり従つて純収入なしとして計算する。

原告らは、平等の割合で渡辺珠美の右損害賠償請求権を相続したから第一審被告(以下たんに被告という)ら各自に対し五一万五〇四四円およびこれに対する損害発生の日の翌日である昭和三二年一一月四日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

よつて原判決中原告らの敗訴部分はこの限度において変更せられるべきであるから本件控訴に及んだ次第である。

(原告木下富美子の慰藉料)

(ロ) もし原告木下富美子の本訴請求のうち、渡辺珠美の芸妓としての収入を前提とするうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続による請求または前記(イ)の一般女子労働者の平均賃金を前提とするうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続による請求が認容せられないときは原告木下富美子の悲嘆はさらに大きくなる。この場合同原告を慰藉するには原審で請求した一〇万円のほかにさらに一〇〇万円が必要である。よつて原告木下富美子は、慰藉料についは請求を拡張して被告らに対し一〇〇万円および付帯控訴申立書送達の日の翌日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため付帯控訴に及んだ。

(二)  被告ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。

(イ)  原告木下富美子の治療費二万円は、全部被告広岡鶴市において支払ずみである。

原告木下富美子にうべかりし収入があつたとしても、生活費、公租公課(収入の一五%が相当である)、衣料調達費および結髪料などの資本的支出を控除すべきである。そもそも芸妓は、前借を重ねこれを支払うため転々と場所をかえるものであつて損失はあつても収益はないはずである。

(ロ)  渡辺珠美は、白痴に近い劣等児であつたから天寿を全うしたとしても収入をうることができたかどうか甚だ疑問である。したがつて原告ら援用の各種統計資料によつては渡辺珠美のうべかりし収入を推定しえない特別の事情があるというべきである。

原告らは、渡辺珠美のうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続について当審において請求原因を変更した。

これは旧訴(芸妓としての収入を前提とするもの)の取下、新訴(一般女子労働者の平均賃金を前提とするもの)の提起であるが、後者については加害者を知つた日である昭和三二年一一月三日または本訴提起の日である昭和三三年一月三〇日から三年を経過しているから時効により消滅している。また遅延損害金の起算日は控訴状送達の翌日を基準とすべきである。

(ハ)  原告らは、自動車損害賠償保障法により保険金一四万円(珠美死亡によるもの一二万円、原告木下富美子の傷害によるもの二万円)を受領しているから本訴請求金額から控除すべきである。

そして保険金合計六〇万円(渡辺珠美の分五〇万円、原告木下富美子の分一〇万円)のうち右の一四万円を控除した残金四六万円についても原告らは受くべき権利を有し、判決が確定すれば確実に支払われるのであるからこれを控除すべきである。

(三)  〔証拠関係略〕

理由

(事故の発生)

一イ  原告らと被告士郎との間において原判決事実摘示請求原因(一)

(1)(事故の発生)の事実は、原告木下富美子の傷害の部位、程度の点を除いて当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同原告は本件事故により治療四〇日を要する左第六から第八までの肋骨骨折、左背部および左大腿部打撲傷の傷害を受けたことが認められる。

ロ  原告らと被告奥津町、同上斉原村、同広岡鶴市との間においても〔証拠略〕によれば右イと同一の事実が認められる。

(被告広岡士郎の責任)

二 〔証拠略〕によれば、被告広岡士郎は、当日午後三時三〇分頃本件自動車を運転して真庭郡久世町余野所在の大津神社を奥津村に向けて出発したものであること、その際出発直前に同神社前飲食店でビール約二本、途中の苫田郡鏡野町小座所在の飲食店でビール約二本と清酒少量を飲んだため酒に酔い正常な運転ができないおそれがある状態になつたこと、本件自動車は定員六名の乗用自動車であるが、被告広岡士郎、訴外広岡政市(芸妓置屋を営む訴外中村美代子の父であり、被告広岡鶴市の従兄弟に当る)、原告木下富美子、渡辺珠美、芸妓の訴外辻岡よし江、同森川君江、芸妓見習同浜崎昭子の合計七名が乗車していたこと、被告広岡士郎は隣席の浜崎の体に手をかけたりしていたずらしながら片手でハンドルを操作して時速五〇キロメートル位走行していたが、運転を誤まり前説示のように吉井川に転落したこと、原告木下富美子および渡辺珠美は、被告広岡士郎が飲酒したことを知つていたこと、当時車内は騒しかつたが、原告木下富美子らの乗客が急に騒いだことはなく、被告広岡士郎の運転を妨げたこともないことが認められる。

甲第一三号証の一、二および原審における被告本人広岡士郎尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば被告広岡士郎は、自動車運転者として自動車の運転を中止し酔の解消を待ち、また、前方注視を厳にしてハンドル操作を確実にし転落等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があるというべく、同被告は民法第七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

(被告奥津町、同上斉原村、同広岡鶴市の責任)

三(一) 〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。

イ  被告広岡鶴市は、昭和三二年八月末頃本件自動車を旧奥津村、同羽出村および同上斉原村の三村(以下たんに三村という)で組織する救急用自動車利用組合(任意組合である)に開業医訴外石田猛の往診用などに利用する救急用自動車として寄附すると申し出で、三村はこれを受けた。

そこで三村と被告広岡鶴市は、同年九月一七日本件自動車の管理・使用について次のような契約を結びその旨の書面を作成した。

三村は、被告広岡鶴市に本件自動車の運営に関する権限を委任する。

被告広岡鶴市が本件自動車を救急用に使用したときは三村が定める救急用自動車利用料を徴収しこれを取得する。

三村は本件自動車に関する所要の保険に加入するが、その保険料は被告広岡鶴市が負担する。

被告広岡鶴市は本件自動車運行の経費一切を負担し三村に請求しない。

本件自動車の使用期限は二年とし、その後は三村が本件自動車を被告広岡鶴市に無償で払い下げる。

三村が本件自動車の使用について連絡したときは被告広岡鶴市は一般使用に優先させなければならない。

三村としては、被告広岡鶴市が後にふれるように本件自動車の運転を息子の被告広岡士郎にさせる意図であることを知つていたが、その年令・性行などから同被告を信頼し難いとして父の被告広岡鶴市に自動車の管理・使用の責任を負うべきことを明かにさせたのである。

本件自動車は、被告広岡鶴市が新車で買い入れたもので、道路運送車輛法上の所有者および使用者の名義は、組合の代表者である旧奥津村となつていた。

ロ  三村は、これよりさき唯一の開業医である石田医師の往診その他緊急の用途にあてるため平等に出資して昭和二七年頃救急用自動車利用組合(代表者旧奥津村)をつくり所有者および使用者を旧奥津村名義とし救急用自動車の維持管理をしていたが、運営上支障があつたので旧奥津村を所有名義人としたまま、維持・管理のみを訴外福見繁男に委ねた。福見は利用料金を徴収する代りに維持管理の費用一切を負担し、石田医師の往診などの医療用に利用するほかに営業用自動車の七割位の料金で村民に利用させるのを黙認していた。当時奥津温泉の旅館業者が右自動車が旅客運送をしていると苦情を述べたこともあつた。

その後右自動車が老朽して使用に堪えなくなり三村としては不便を感じていたが、さればといつて自動車を購入する財政上の余裕もなかつた。

ハ  被告広岡鶴市は、土木建築業を営んでいるが、被告広岡士郎を定職に就かせて生活を安定させようと考え、三村に救急用自動車を寄附し、その代り同被告をその運転手として働かせることを企図し、石田医師らを通じて三村に申し出たのであつた。

ニ  被告広岡鶴市は、本件自動車を被告広岡士郎に運転させ、福見と同じように石田医師の往診等の本来の目的以外に村民のために車を運行させていたし、三村もこれを黙認していた。自動車は、被告広岡鶴市、同広岡士郎方の車庫に保管され石田医師の電話連絡によつて被告広岡士郎が運転していた。

ホ  被告広岡士郎は、中村美代子の依頼により原告木下富美子ら六名を乗せて大津神社までの往復を約したもので料金は六人で一、八〇〇円の約定であつた。被告広岡士郎は、石田医師、被告広岡鶴市および三村のいずれにも特段の申出をすることもなく自由に自動車を乗り出したのである。

石田猛、柳井保、石原治夫(第二回)の各証言、原審における被告本人広岡鶴市および同広岡士郎各尋問の結果のうち前認定に副わない部分は、甲第二号証、第一三号証の一に対比して措信することができない。他に前認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実によれば、本件事故は本件自動車の運行によつて生じたものであり、三村は前記組合の構成員として本件自動車を共同して所有し被告広岡鶴市との契約によつてその運行を支配し、かつ、運行による利益を受け、被告広岡鶴市は右契約に基いて自動車を使用する権利を有しその使用により利益を受けるのであるからいずれも自動車損害賠償保障法第三条の自己のために自動車を運行の用に供する者というべく、本件の運行は、三村および被告広岡鶴市と運転者との関係および日常の運行・管理の状況に照らし客観的外形的に三村および被告広岡鶴市のためにする運行と認むべきである。

被告らは、被告広岡士郎が当日石田医師に大津神社に参詣するといつて休暇を求め無断で同人が保管する本件自動車の倉庫の鍵を持ち出し、本件自動車を引き出して運転したと主張するが、被告広岡士郎が本件自動車を乗り出すにいたつた経緯は前認定のとおりであつて、右主張に副う広岡士郎尋問の結果は石田の証言に対比して措信することができないし、他に右主張事実を認めうる証拠はない。

(三) 本件事故が運転者である被告広岡士郎の過失によるものである以上、三村および被告広岡鶴市はそれぞれ自動車損害賠償保障法第三条による責任を免れない。被告らの原判決事実摘示三(二)(3)の(ハ)、(ニ)の主張は失当である。

(四) 旧奥津村、同羽出村が昭和三四年四月一日旧久田村とともに合併して被告奥津町となり、同被告が各旧村の権利義務の一切を承継したことは当事者間に争がない。

(五) 被告らは、三村については自動車損害賠償保障法により同法所定の範囲での賠償責任があるにすぎないのに、原告らはすでに右による賠償金の支払を受けているから被告らには責任がないというが、後にふれるように被告らは、結局自動車損害賠償保障法による保険金の仮渡金合計一四万円を受けているけれども、これによつて三村の責任が全部消滅するものではない。所論は法律上の根拠を欠き採用しえない。

また前記組合は、任意組合でありその債務負担は出資額に応じて定まるから原告らが三村の各自に対し全額を請求するのは失当であるというが、三村は前述の事実関係の下ではそれぞれ自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者であることが明らかであるから右見解は採ることができない。

(損害)

四 (原告木下富美子固有の損害)

(一)  木下富美子尋問の結果によれば、原告木下富美子は受傷後訴外津山中央病院の治療を受け同病院に対し治療費として少くとも二〇〇〇円を支払つた事実が認められる。

被告らは、原告木下富美子が主張する治療費二万円は全額被告広岡鶴市において支払ずみであると主張するが、右主張に副う原審および当審における被告本人広岡鶴市尋問の結果、当審証人広岡光義の証言は具体性を欠き木下富美子尋問の結果に対比して措信し難く他に右事実を認めうる証拠はない。

〔証拠略〕によれば、原告木下富美子は奥津温泉において、芸妓として働きその収入のみで中学二年生の渡辺珠美を養育しつつ生計を立てていたこと、衣料費、結髪料などの営業費を控除しても月少くとも三万円の収益を得ていたこと、受傷によつて四〇日あまり働くことができなかつたことが認められる。したがつて原告木下富美子はこの間四万円のうべかりし利益を失い同額の損害を蒙つたというべきである。

被告らは、原告木下富美子の生活費、公租公課を控除すべきであると主張するが、同原告は右期間中生活費の支出を免れたわけではなく、また、うべかりし利益の喪失による損害金が税法上非課税とされている以上税額を控除する根拠がないから右主張は失当である。

よつて原告木下富美子固有の損害は、合計四万二〇〇〇円である。

(原告らの慰藉料)

(二) 〔証拠略〕によれば、渡辺珠美は原告らの長女として昭和一八年八月二三日に出生し、事故当時一四才二カ月であつたこと、原告らは昭和一七年三月に婚姻したが同一九年頃原告渡辺竜介が出征し、戦後同原告が帰還したので昭和二二年八月頃から約四カ月東京で原告らと珠美の三名で暮したのみで原告らは別居し、原告木下富美子は珠美を連れて郷里の姫路市に戻り渡辺珠美を養育していたこと、渡辺珠美は頭の働きが多少鈍く頭痛のため欠席することも多く学校の成績も良くなかつたが、これはたびたび転校したことと家庭環境も原因となつていたこと、原告らは昭和二四年八月協議離婚したこと、原告渡辺竜介は珠美の葬式に出席しなかつたこと、被告広岡鶴市は原告木下富美子の旧奥津村所在の訴外石田病院に対する治療費および渡辺珠美の葬式費用を負担したことが認められる。広岡光義の証言のうち前認定に副わない部分は措信しない。

右事実によれば渡辺珠美の死亡により原告らが精神的苦痛を受けたことは明らかであるが、原告らには渡辺珠美に対する親疎の差があること、被告広岡鶴市の事後の処置、後に認定するように原告らが渡辺珠美の自動車責任保険による保険金の仮渡金一〇万円を受領していることを斟酌して原告らのそれぞれの精神的苦痛を強いて金銭に評価すれば原告木下富美子については七〇万円、原告渡辺竜介については五万円が相当である。

(珠美のうべかりし利益の喪失による損害についての主張に対する判断)

(三) 原告らは、渡辺珠美が天寿を全うすることによるうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続を主張するが、同女は死亡当時一四才二カ月の中学二年生であつたが前説示のように学業成績も悪く、頭の働きも鈍いためその将来を予見してそのうべかりし利益を算定することは甚だ困難である。〔証拠略〕によれば、原告ら援用の各種統計の結果がその主張のとおりであることが認められるが、これらは一般的平均的な資料にすぎず、渡辺珠美の将来における収入と生活費についてある程度の監然性を推測させるにとどまるにすぎない。珠美のように心身の発育が遅れ、その能力が通常より稍劣るものの収入は平均賃金よりも低いはずであり、右統計資料にあるが如き女子の年令別平均賃金額をもつて直ちに同人の得べかりし資金額と算定することができない。とくに珠美の健康状態、その能力などを考慮すればその稼働期間の四五年間を通じて一カ年の平均収入が原告らの主張する各年令毎の平均労働賃金よりも少くないとはかぎらないしその間の生活費が昭和三三年における平均世帯の一人あたりの生活費よりも多くないともいえない。そして他によるべき資料がない以上右主張は失当である。

原告らは渡辺珠美が将来芸妓となることを前提としてうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権の相続を主張し、〔証拠略〕によれば、原告木下富美子が渡辺珠美を将来芸妓にしたいとの意向であつたことは窺われるが、珠美が天寿を全うしたとして芸妓となつたかどうか、また、なることができたかどうかは甚だ不確実であるばかりでなく、芸妓としての収入の額を確定するのも困難である。右主張は失当である。

(保険金の受領)

(四) 〔証拠略〕によれば、原告らは昭和三二年一二月三〇日自動車損害賠償責任保険による保険金の仮渡金として渡辺珠美の分一二万円、原告木下富美子の分二万円を受領したことが認められる。木下富美子尋問の結果中右認定に副わない部分は措信しない。

よつて右二万円は、原告木下富美子の固有の損害四万二、〇〇〇円から控除すべきであるが、渡辺珠美の分一二万円は同女について生じた利得であつて原告らが相続によつて取得したもので原告ら各本人について生じた利得ではないから既述のように慰藉料額算定のさいに斟酌すべき事実であるにとどまり、損益相殺の原理によつて原告らの慰藉料額から当然に差し引くべきものではない。

被告らは、原告らが被害者として自動車損害賠償保障法によつて交付を受くべき保険金残金四六万円も本訴請求全額から控除すべきであると主張するが、右保険金が現実に支払われていない以上これを請求金額から控除すべきものではない。

(被告らの過失相殺の主張についての判断)

(五) 被告らは、原判決事実摘示三(四)(3)(イ)の(a)から(e)までの事実を主張し、原告木下富美子に過失があつたから損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきであると主張する。

しかし(a)(c)および(e)の後段の事実は、これらを認めうる証拠がない。しかし本件自動車に定員を超える七名が乗車していたこと、原告木下富美子および渡辺珠美が被告広岡士郎が飲酒したことを知つて乗車したこと、車内が騒がしかつたことは前認定のとおりであり、これらの事実によれば、被害者である原告木下富美子および渡辺珠美に損害の発生につき過失があつたといえようが、上来認定の事実関係の下では、殊に被告広岡士郎の過失と対比すればその程度も軽微であるから損害賠償の額を定めるについて斟酌する必要はないと認める。

(結語)

五 よつて原告らの本訴請求は、被告ら各自に対して原告木下富美子が七二万二、〇〇〇円および内金一二万二、〇〇〇円に対する訴状送達の翌日である昭和三三年三月一一日から、内金六〇万円に対する付帯控訴状到達の日の翌日である昭和四〇年一二月一〇日から各支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告渡辺竜介が五万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年三月一一日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容しその余は失当として棄却すべく、原判決のうちこれと異る原告木下富美子関係部分を変更し、原告渡辺竜介の控訴、被告らの原告渡辺竜介に対する各控訴を失当として棄却し、訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林歓一 八木下巽 西内英二)

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例